【input】ユヌス博士とソーシャルビジネス

2017年06月15日

成長志向のMBA@福岡2017

第二回と三回は連続して、バングラディシュ緑豆プロジェクトの事例を通して、「ソーシャルビジネス」の可能性と価値について学びました。



ソーシャルビジネスというのは、ビジネスの目的の中に、利益だけでなく、社会問題の解決を盛り込んだもので、2006年にノーベル平和賞を受賞されたムハマド・ユヌス博士が提唱したビジネスモデルです。

授業では、「雪国まいたけ」と、バングラディシュのグラミンクリシクリシのビジネス展開は、雪国まいたけの社長(現グラミンユーグレナのco-CEO)の佐竹右行氏のご登壇により、当事者の話を聴くことができました。雪国まいたけは、バングラディシュにハイテクな農業技術を提供し、バングラディシュ産の緑豆を輸入してもやしを育成販売している会社です。 グラミンユーグレナという会社名となり、今は、インターンシップでバングラディシュを訪れた学生の直感でユーグレナ(みどりむし)も本格的にビジネス展開しているそうです。

この講座に参加している人たちは、私も含め社会人ですので、理論よりも実際のところどうだったのか、ほんとはなにがあったのか等、実話を聴きたいのが本音です。当然、論文や、パンフレット、記録ビデオは、WIN-WINの関係が築けた成功事例のように表現されていますが、実際のところ、いいことばかりではないだろうという確信はありました。

このケースのラッキーポイントは、ユヌス博士のビジネセンスと、佐竹社長のビジネスマンとしをての決断にあったようです。 ユヌス博士が創設したグラミン銀行の実績と信頼があって、日本の小さい会社の試みを現地が受け入れたことも特別なポイントだと思います。つまりパートナーが良かった。 実際のところ、残り30分の質疑応答が一番面白かったです。

私は、佐竹社長からみた、ユヌス博士が描いておられる今後のビジョンを知りたいと質問したのですが、世界を舞台にしたアクトタンク構想のお話を伺うことができました。フランス、ドイツでは既に着手されており、日本もおそらくユヌス博士によるシンクタンクならぬアクトタンクの実現が近いとのこと。 ユヌス博士は、平和の為に活動するビジネスパーソンなのですね。

  


Posted by 内木場三保 at 10:37Comments(0)研修

船旅のすすめ

2017年06月12日

はじめて阪九フェリーを利用したのは、かれこれ30年近く昔のことで、神戸の大学に進学した友人に会うために利用しました。 学生時代だからお金もなく、二等客室でごろ寝の環境にドキドキしたのを覚えています。 貴重品を抱きしめ、ひとり座っていたら、老夫婦が手招きして隣においでと言ってくださり、私は安心して休むことができました。 そのご夫婦は、家族の遺骨を高野山に収めに行く旅だと語ってくださいました。なつかしい・・・

ですから船旅は、なんとなく安いけど女一人では不安というイメージのため敬遠していましたが、個室の客室があるのですよね。シングルやツイン、和室の個室もあり、スイートルームもあります。今回の関西への旅は、自分投資の旅でしたので節約を心がけ、行きはPeachで福岡から関空へ飛び、帰りは後泊しようかと迷ったのですが、ふと船旅だと移動と宿泊一緒にできて安い!と思い立ち、レディースツインをシングルユースで予約しました。閑散期で部屋も空いており、10040円でした。 今は手軽にインターネットで予約ができます。

 ベッドは当然狭いし、少年の家みたく毛布とシーツだけの寝具ですが、冷暖房完備、洗面台もあって、TVも付いています。そのTVでは、現在の位置を画像で確認することができます。 部屋の窓から海を眺めるのも良いですが、乗客定員も1000人以上、トラックや乗用車も併せて150台くらい積める大型船です。売店、展望風呂、展望デッキ、レストラン、マッサージチェア、ゲームコーナーなど、いろいろ見て回れて楽しいですよ。私は夜も朝も、展望デッキで夜景や行き交う船などを眺めて過ごしました。

 レストランの料理も、社食のように定食か、小鉢をいろいろ選ぶカフェスタイル。ビールを吞みたい私は、おつまみになるおかずを3、4品選びましたが美味しかったです。朝は、売店で販売される焼きたてパンが人気でした。 メロンパンはあっという間に売れました。 レストランのフレンチトーストセットも気になりましたが、わたしは朝がゆセット500円に目玉焼き150円を追加して頂きました。


神戸港へは、阪急・阪神の御影駅やJR住吉駅からバスがあって230円。アイランド北口駅からは無料で送迎があります。 神戸港を20時に出航し、新門司港には朝8時半につきます。きっかり定刻でした。 新門司港からはJR門司~チャチャタウン~小倉駅へ無料でバスが送迎します。ちなみに1本のみで、結構満員でした。

非日常の一晩を、瀬戸内海を旅する船旅。 夜間運行の飛行機やバスとちがって、自由に歩けたり、風に当たったり、広い風景をながめることができる分、船旅は自由で優雅でいいなあと思いました。 たまにはのんびり船の旅、いかがですか?







  


Posted by 内木場三保 at 13:44Comments(0)

【input】内田樹先生の授業

2017年06月12日

神戸女学院大学で、内田樹先生の「身体と知性」という公開授業を受けました。



神戸女学院の自然豊かなキャンパスにある校舎群は、W.M.ヴォーリズ氏の設計で、国の重要文化財に指定されています。 光や風の流れ、動線が穏やかで、キャンパスを巡りながら羨ましく思いました。

「学び舎が人をつくる」とは、かのヴォーリズ氏の言葉。
素敵な校舎の階段教室で、授業を受けることも、大変光栄な体験でした。




日本文学振興会(芥川賞・直木賞等の選考・表彰を行う機関)が主催の公開授業ですが、抽選です。当たった時は喜びました。

テーマは「身体と知性」
事前課題は、「街場の文体論」(内田樹著)、「孔子伝」(白川静著)の2冊を読破すること。

私の参加の目的は、①生の内田先生のお話を聴くこと ②人文科学の学びを深めること ③アクティブラーニングな教授法を体験すること の三点です。 内田先生の場合、既にファンなので、受講前からアクティブラーナーな私であるわけですが、学習する時の至福感を得たのは本当にひさしぶりなことでした。

板書もされず、一方向に先生がひたすら語る授業なのですが、事前課題で読んだ本の言語が様々に色づいて浮遊し、一方で思考は深い深い淵への誘われ、そこに光を見出す感覚。 先生の身体の動かし方、声の抑揚、村上春樹や白川静を語る時のなんだかとっても嬉しそうな感じ・・・ チャーミングで、たびたび笑いもこみあげて、あっという間に90分が経ち、終わるころにはおなかがぐうぐう音をたてていました。

知性の計り知れない深さ、その宇宙のような知性を一人一人がもっていること。
知らないことを思い出すような感覚、自分の身体の内側をモニターすることの意味、今おこっていることの必然性、、、知性とは何かについてこんなに思考した時間は久しくありませんでした。

実は、授業の前に廊下で、内田先生とすれ違いました。 
想像よりはるかに若く、纏う気がりんとされていて緊張しましたが、おそらく、授業されてるときもそうですが、ひたすら前を見ておられるようで、先生の動体視力と視野領域は、はんぱないのではとちょっと恐れました。 内田先生は武道家でもありますからね。

贅沢な学びのひとときでした。









  


Posted by 内木場三保 at 09:34Comments(0)研修

【input】ケースメソッド教授法

2017年06月08日

成長志向のMBA@福岡2017 で、MBAプログラムの講義を受講しています。

第二回は市開発途上国への参入がテーマでした。

講師は九大の星野裕志先生で、ケースメソッド(ケーススタディではない)教授法でのご講義でした。

このMBAプログラムに参加するのは、自分の仕事に活かすための自己投資ですが、その目的は3つあります。

1)ビジネスのため
ご縁を頂いているクライアント様は、ビジネス領域も多岐にわたり、職種も役職もさまざまです。 管理職の方がメインなので、組織に関するアドバイザー役を担うこともあります。ですから社会の動向には敏感でいたいですし、知識も必要です。 

2)人材育成・教育への関心
姪っ子たちの存在や、ご縁を頂いている教育機関の先生方や高校生、学生の方々との関わりから、今とても興味があります。教育もまた移行期の動乱期にあって「いきていく力」の育成に試行錯誤しています。 また、先生方の教授法も改進がすすむ中、MBAの講義をされる先生方の教授法にもかなり興味津々です。

3)自分のため
私は、ひとりで仕事をしていますので、組織にいたらおのずと見聞きする世の中の動きも、見聞きできない環境にあります。ですから、自分でキャッチするための機会を選択して動かなければならないと思っています。 どうせなら高い意識の方々と共にありたいので、自腹切ってセミナーやフォーラムには参加するよう心掛けています。

ということで、今回も、研修講師をしている私としては、教授法「ケースメソッド」がとても気になる。講師としてではなく、受講者としての体験は非常に貴重です。

ケースメソッドはディスカッション式講義です。 今回、120分の講義のうち、グループワークはのべほぼ10分ほどでしたが、学習意欲の高い参加者からはどんどん意見や質問の手があがり、それをファシリテートされながら結論まで導き、きっかり120分で完了された教授は素晴らしかったです。 って、上から目線的な感想ですが、これはなかなかできることではないですね。

ただ、私たちは学生ではなく、社会人ですので、学生の学びの先にあるそれぞれの現場に活かすヒントも期待します。事前課題や設問の作り方も、学生向けとは少し異なると思うので、難しいだろうなあと思いました。 各人の現場における経験値や知識りをどう承認しながら学びを深めるか、理論だけでは物足りないよなあと感じていたら、なんと次回は、今回のケースの当事者がご登壇されるとのこと。すばらしい!

  


Posted by 内木場三保 at 12:01Comments(0)研修

鎌倉の旅3 江島神社

2017年06月07日




江ノ電の江ノ島駅を降りたら、海方面へてくてく。
はやくも夏の香りがしている町の道を過ぎると、江ノ島弁天橋を渡ります。左右に海。右手はるかに富士山!なんと冠雪。美しい山ですね。

江島神社は宗像大社と同じ三女神が祀られています。
三女神は天照大神と素戔嗚との誓約の際に生まれた姫ですが、江島神社では弁財天女とされ、日本三大弁財天のひとつです。

日本三大弁財天といえば、今年の四月、竹生島の弁財天さんをお参りしました。 今後、広島は宮島の弁財天参りを果たしたら、2017年は日本三大弁財天巡礼の旅を果たすことになります。ちなみに、6月10日は、琵琶湖の竹生島神社に、江島神社と厳島神社の宮司が、各々弁財天の分霊を持って集結されて、日本三大弁財天の祀りを執り行います。

さて、江の島には、日本初の屋外エスカレーター「江の島エスカ―」があります。有料です。楽ちんだろうとは思いましたが、ここはお参りの旅なので、石段を登り、お宮ひとつひとつに参拝して、頂上の灯台へのぼりました。素晴らしい眺めです。



  


Posted by 内木場三保 at 16:09Comments(0)

鎌倉の旅2 長谷寺

2017年06月06日

鎌倉駅から江ノ電に乗って「長谷」で下車。 レトロなデザインの電車は、平日なのにも関わらず、国籍も性別も年齢もさまざまな人で満員。 車窓から海が見えると、わあと声があがり、流れる景色にみんなが癒されている感じ、、、和みますね。 あ、「最後から二番目の恋」っていうドラマのロケ地「極楽寺」の駅も実在していました。あたりまえですね。




長谷寺ではまず、弁才天参り。 弁天窟は、洞窟の中が祈り場になっていて、名前を書いた蝋燭を備えて祈願します。 出口までおそるおそる歩くトンネルは涼しくて、神聖な雰囲気があります。

本堂までは階段を上り、そこから紫陽花が咲き始めた坂道を回遊して庭園を巡ります。いい香りがして、ところどころで湘南の海や街を見渡すことができて気が晴れました。 紫陽花が満開になると、さぞかしゴージャスだろうと思います。人もまだそう多くなくて、マイペースで歩けたのはとても良かったです。

いいエクササイズになりましたが、やはり、江島神社の江島弁才天参りに向かいます。なんといっても、日本三弁財天のひとつですからね。  


Posted by 内木場三保 at 20:21Comments(0)

鎌倉の旅1 東慶寺と明月院

2017年06月06日

これから紫陽花の見頃を迎える鎌倉に、ふらり旅してきました。

北鎌倉で降りて、人があまりいない方の改札を出て、てくてく。
ファミマを通り過ぎると東慶寺があります。

いつも一人旅の時は、前もってネットで情報収集しますが、基本、何も持たずに歩きます。 直感で道を選んだりもしますが、今はスマホで地図を見ることができるので便利ですね。東慶寺は、前もっての情報もなく、ふらりと入ってみようと思いました。 なんとなんと!拝観料200円は交通系ICカードで支払いOK! 便利ですね。なんか風情ないですけど。。。




紫陽花はまだまだでしたが、「岩たばこ」という紫の、可憐な花が見ごろでした。それから、本堂で特別公開していたのが、裏庭の岩壁一面に張り付いた一本の「岩がらみ」。 その名の通り、岩にからんで枝が広がり、白い小さな花が満開でした。 毎年、ほんの二週間ほど公開されるらしく、幸運だったのだと思います。年配の方々が上等のカメラを持って、撮影に励んでおられました。私はスマホでぱちぱち。 


東慶寺を出て、鎌倉方面に歩き、線路を渡ると、「明月院」の案内板があります。

明月院は紫陽花も有名ですが、本堂の丸窓の向こうに見える花菖蒲がまさしく見頃でした。拝観料の500円にさらに入園料500円を支払って入る後庭園は、清々しい気に溢れていて、しばらく木陰でやすみました。 エネルギーチャージできました。





歩こうかなと迷いましたが、鎌倉駅前行のバスに乗りました。江ノ電に乗って、次は長谷寺へ。






  


Posted by 内木場三保 at 20:02Comments(0)

【input】幸福とは・・・アドラー心理学

2017年06月05日

アドラー心理学の学習。

本を読むだけでなく、著者本人のお話を直接聞く機会は、学びを深めるためにはとても効果的だと思います。今回、縁あって、「嫌われる勇気」の著者である岸見一郎先生の講演会に参加し、直接お話を聴く機会に恵まれました。

岸見一郎先生は、日本の哲学者(西洋哲学)であり、心理学者です。また、日本アドラー心理学会顧問でカウンセラーでもあります。 実物の岸見先生は、告知チラシのお写真より、柔和でハンサムで、ニュートラルな中にとても強い意志を感じる方でした。

アドラー心理学を学ぶのは、対話を通して対人支援をする時に、自己基盤を整えるための大切なポイントがあるからです。 今回も自らを振り返る機会となり、また自分を知ることと同じように、他者を理解するために意識するいくつかのヒントを改めて心に刻むことができました。 今回のテーマは、「幸せに生きるヒント」でした。 学びを少しメモします。


幸福とは何か。

幸福感は個々人で異なりますので、定義することはなかなかむつかしいです。
しかし、個々人の幸福感の根源にあるのは、存在承認であるように思います。

当然のことながら、社会的な成功は「幸福」とは限らない。
それよりも、今ここにおいて、自分の人生を生きているかどうかの方が大切です。

岸見先生のお話の中に「他者の期待に応える生き方をしない」とありましたが、他者とは、親や子、配偶者、上司、仲間、患者、クライアントなどさまざまな関係性を含みます。 他者の都合で生きないということは、すなわち自分を大切にするということだと思います。

コーチングなどの手法を活用して対話をするときの、聴き手が意識するポイントは、「ほんとうにいいたいこと」に耳を澄ませるということです。

つまり、クライアント様が、「自分の人生を生きているか」という問いそのものです。 ですから、話す人の「価値」や「信念」にアンテナを立て、未来に向けて問いを重ねます。そして、クライアント様が話す課題は、クライアント様ご自身の課題であるから、「アドバイスしない」ことも意識します。 もしもあなたが、コーチやカウンセラーであるにもかかわらず、クライアント様や相談者の「課題」に巻き込まれ、疲れることがあるとすれば、そこの切り分けができていないことも原因のひとつだと思います。

自分の人生を生きるためにできることは以下の4点だそうです。
・未来を手放すこと(おこってもいないことを心配しない)
・過去を手放すこと(トラウマに支配されてはならない)
・今日を生きる(あしたのために)
・対人関係の中で幸福になる(貢献)

まずは自分が実践することです。
自分が選んだ人生を生きることができると、関わる人たちも変わります。
それを経験すると、心は丈夫になるように思います。
岸見先生の、「幸福とは力である」という言葉が、心に残りました。


  


Posted by 内木場三保 at 15:30Comments(0)研修

こころの記憶(その3)怒り

2017年05月08日

こころ塾の講座や研修では、「多様性の受容」を大切に扱っています。
人はひとりひとり違うことを、たくさんの出会いから学びながら生きています。
そして自分もまた、たったひとりの「私」であることを学んでいます。

人は、ひとりひとりそれぞれの
「こころの記憶」でできています。

怒りという感情の受けとめ方
『怒り』

社会人になりたての頃、私が驚いたことの一つは、怒られないということでした。

入社後、配属された事業部は最先端の通信事業で、私は英文科卒のばりばり文系脳なのに、なぜか「技術課」に配属されました。NTTとの事務的なやりとりが主ではありましたが、仕組みや用語の知識もままならぬ状態で、時には通信ルームにこもり、朝までチームでトラブル対応をしました。

当然、トラブル対応では、お客様が電話の向こうで激怒されることもありましたし、ある時は、お客様担当の自社の営業マンが「なんでこんな新人女子が担当しているんだ」とぶちぎれたときもありました。 大事なお客様ですから、その怒りも当然のことだったと思います。

しかし、私の文系脳と正反対の理工系の先輩方は(同僚たちも)、私が知らなかったことや、できなかったことに対して指導する時に、怒りませんでした。本社や支社には怖い女性の先輩もいましたが、多くは怒らないどころか、ユーモア交えて笑ってくれたりもしました。 この状況には、実は心底驚いていました。 指導する時に怒らない人がいるなんて、私が成長してきた過程では考えられないことでした。

その一方で、20代の私は新米の分際でありながら、いつも怒っていました。誰にも責められていないし、しかられていないのに、一人で怒っていました。いつも怒りの感情と共にありました。 

「怒り」は、自分を守るためにある感情なのだそうです。

なにを恐れていたのでしょうか。何から自分を守りたかったのでしょう。
それを考えると、トラブル対応の際に激怒したお客様や、営業マンの恐れもわかるような気がします。自分の立場とか、信頼の崩壊とか、業務の停滞、損害への責任とか、、、。クレーマーの怒りも同じでしょう。自分の価値観や信念をないがしろにされたくない。

怒らなくていいんだ。と納得したときに、とても楽になったように思います。

それでも腹が立つことはあります。

そんな時は、自問自答します。
何が恐れなのか、恐れでないなら、その怒りは何が起因であるのかを考えます。たいがいどうでも良くなりますが、私の場合、「伝わらないジレンマ」が原因のことが多いです。
私にとって、思いが伝わらない、理解されないというのが「恐れ」なのです。 万人に対して同じ伝え方では伝わらないことをわかっていながら、伝え方がわからない時は怒るようです。反省します。



  


Posted by 内木場三保 at 12:41Comments(0)こころ塾

こころの記憶(その2)同級生A

2017年04月27日

こころ塾の講座や研修では、「多様性の受容」を大切に扱っています。
人はひとりひとり違うことを、たくさんの出会いから学びながら生きています。
そして自分もまた、たったひとりの「私」であることを学んでいます。

人は、ひとりひとりそれぞれの
「こころの記憶」でできています。

失うことから学ぶもの
『同級生A』

高校に入学してすぐ、副委員長に任命されました。
当時、委員長は男子、副委員長は女子と決まっていて、入学式の日に先生が指名しました。

その時、副委員長の役割として、
「もうひとつ あなたをみこんでお願いしたいことがある」と担任の先生に言われました。

それは、同級生のAさんについて、なにかと気にかけてほしいということでした。彼女は、精神が不安定になることがあり、おそらく他の同級生と仲良くすることができないから、あなたが気にかけてくれて、声をかけたりしてほしいと言われました。「わかりました」と答えました。

彼女は別段、他の同級生と比較しても変わったところもなく、地味な雰囲気ではありましたが身なりもきちんと整え、おとなしく真面目そうに見えました。ただ、話しかけても少ない返答だけで、気弱に視線を外すので、会話になりませんでした。それでも、先生の言いつけを守って、いつも気にかけ、事あるごとに声をかけたり、教室の移動の際などは一緒にいたりしました。

そうこうしているうち、最初の試験がありました。成績は、ランキングの一覧になって、廊下にずらりと張り出されました。どきどきしながらそれを友人たちと見に行きましたが、なんとトップは同級生のAさんでした。衝撃的でした。それからも、彼女は常にトップでした。

何故、彼女を気にかけなければならないのか。自分より成績の良い彼女に対するくやしさなのか、どう気遣えばよいのかわからずにいたいらだちなのか、私はどう彼女に向き合えばよいのかわからなくなりました。進級しても同じクラスで、高校二年生の後半になるとAさんは時々、授業中に後方を振り向いたり、くすくす笑うようになりました。私は動揺しました。それから間もなく、彼女は入院しました。

年末、お見舞いに行った担任の先生は、クラスの全員に、Aさんの状態がだいぶ回復したこと、将来の夢を穏やかな笑顔で話してくれたことなどを報告してくださいました。それから、彼女からの伝言があると言って、クラスでも少し目立つ茶髪で、制服もロングスカートにしたり、鞄をぺしゃんこにしていた女子たちの名前を読み上げました。 「Aさんが君たちに感謝しているって。ありがとうと伝えてくれってことでした」と言いました。彼女たちはけらけらと明るく笑って「え~びっくり!」と驚いていましたが、私もすごく驚いていました。 なぜなら、彼女たちはAさんに対し、言いたいことをはっきり言い、時には叱り飛ばし、どんくさいと笑い飛ばしていた自由な人たちでしたから、私は内心「もっと気をつかえばいいのに」と思っていたからです。そして、ずっと気をつかっていた私の事は、どう思っていたのかと哀しくなりました。

年が明けて、退院の日、彼女は病院の窓から飛び降りました。

通夜に行くと、彼女の実家は小さくて、辻の梅の大木が満開でした。白い白い梅の花を見上げながら、彼女のお弁当がいつも白いご飯だけだったことを思い出しました。幼い弟たちが客用の湯飲みを洗っていました。私は彼女になぜか「ごめんなさい」と言って泣きました。

春休み、同級生たちとバイクを連ねて彼女の墓参りに行きました。遠くに海が見える山の中腹にありました。彼女との縁はなんだったのか、彼女の17年間はどうだったのか、彼女が存在していた意味はなんだったのか、みんなで話しました。思い出すと、みんな明るい表情で、笑っていたように思います。「やっと自由になったんかもしれん」と、誰かが言ったのか、私が思ったのか、もうはるか昔話ではありますが、今も忘れないのは、大事なこころの記憶だからなのだと思います。
  


Posted by 内木場三保 at 11:22Comments(0)こころ塾