Posted by at

こころ塾10周年その3「人脈」

2017年09月12日



2018年から、毎月のこころ塾は不定期開催となります。
これからは、こころ塾主宰のセミナーの形で成長していこうと思っています。

これまでのこころ塾では、時々コーチの師匠をゲストにお迎えして、コーチングのスキルや理解の向上のためのセミナーを開催しました。

たくさんのご参加者が、私の師匠に興味津々で集まってくださったり、同じコーチングを学ぶ仲間が一堂に会して共に学びを深めたりしました。コーチングを広く知って頂いたり、仲間と共に学ぶ楽しさを共有する貴重な時間になりました。

これからは、私にできることをと思ったときに、
ご縁を頂き、成長の機会をくださった、特にビジネスの現場でお世話になった方々のお顔が次々と脳裏に浮かびました。

そして記念すべき「新こころ塾」第一弾が実現しました。
リクルート時代の元上司(住宅情報誌事業部時代) 高橋理人氏。
グロービス経営大学院の先生もされていますよ。
https://mba.globis.ac.jp/curriculum/detail/ebz/teacher/takahashi_masato.html

こころ塾生のみなさんと
濃い時間を共に過ごしてくださって、
貴重な学びの機会をご提供頂き、
心から感謝致します。

写真は、水辺のカフェで生ビールで乾杯した懇親会。
塾生さんたちとほっと一息の写真です。
みなさん いい笑顔♪

ありがとうございました。
高橋さんにご登壇頂いた「新こころ塾」第一弾。
もっともっといい場所にしますね。

  


Posted by 内木場三保 at 12:30Comments(0)こころ塾

こころ塾10周年その2「決心」

2017年09月10日


「こころ塾」10年続いたんだなーと改めて思った夏。
今年の12月で「こころ塾」をやめる決心をしました。

私の人生はこれまでも、10年ごとに大きな節目がやってきます。
そのたびに、がらりと人生が変わりました。

独立したのも10年前。
独立して、最初にやったのが「こころ塾」です。
10年続きましたね。

で、これから何をするかの前に
「こころ塾」をやめる決心をしたんです。

新しい世界に行くにはまず、
これまでの習慣や持ち物や気持ちを捨てること。
やらないことから決心します。

断捨離です。

他には、名刺。
10年の間につくった名刺ファイルは全部で15冊。
過日、1日かけて全部ひっくり返し、テーマ別に分類しました。
それでもファイルは12冊。

本棚の本。
ブックオフに買い取ってもらえなかった本を、捨てました。
捨てられなかったのは
杉浦日向子・高野文子両氏の漫画など。
罪悪感があって本を捨てることができなかったのに、不思議です。

住所録。
新しい住所録になりました。

そして、書類、写真、服、アクセサリー、、、
もろもろありますが、もっと大きな決心もありそうです。

心置きなく断捨離できるのは、
何より、この10年で得たものが、たくさんあったからですね。
感謝です。



  


Posted by 内木場三保 at 14:20Comments(0)こころ塾

こころ塾10周年その1 「初心」

2017年09月10日



今年で、毎月第三水曜日に開催してきた「こころ塾」は10周年を迎えました。

なんで「こころ塾」をはじめたかというと、私と同じ思いをしている人の役に立ちたいと思ったからです。

私は営業時代、一人で一軒一軒旅館ホテルを飛び込み営業して、福岡、長崎、熊本、鹿児島、宮崎、大分、佐賀、山口と、年間5万キロ運転しました。当時、ISIZEという名前だった「じゃらんnet」を普及させるための営業でした。最初の3年くらいは一人でした。

当時、インターネットで宿泊予約を受け付けていたのは、楽天トラベルを導入したビジネスホテルくらいで、リゾートホテルやシティホテル、旅館などは、電話かファックスで予約受付していたんですね。主には旅行会社による団体さんでしたし。

そこへ、見知らぬ女性がやってきて、「ネットで予約とりませんか」と言うのだから、興味を持って時間をつくってくださる宿泊施設は半分も無かったかもしれません。それでも、ずっと旅しながら、一軒一軒、周り続けました。手元のリストは800社超えていましたが、女一人なのに転々と全ての宿泊施設に泊まる勢いで宿泊しながら、何度も何度も訪問したので、だんだんと話を聴いてくれるお客様も増え、順調に導入されていきました。

そんな中、話し相手になってくださるのは経営者か、管理職の方で、新しい集客のツールを導入するにあたり、話題はインターネットだけでなく、人材育成やマネジメント、他者のみならず自分自身の心の整え方に至るまで多岐に渡りました。

私はしっかりお客様の話を聴けているだろうか。
私の返答は的外れではないだろうか。
もっと役に立つ話ができるには、何が必要なんだろうか。
とすごく真面目に考えていました。 

それから、自分のチームができた時、チームメンバーの育成やマネジメントをする機会が増えてきたときも、同じことを一生懸命真面目に考えていました。更には、
リーダーシップってなんだろう。
人を育てるってどういうことだろう。
会社によって組織ってどうしてこう違うんだろう。
最高の組織には、何があるんだろう。
私は私らしく生きているだろうか・・・・ 

ですからそのために、一旦は心理学を学ぼうと思いましたが、 しかし私に必要なのはコミュニケーション力だと思いました。 そして、興味を持ったのが「コーチング」という対話のスキルでした。2003年のことでした。 NHKのクローズアップ現代で知ったのですが、当時、コーチングを知っている人はとても少なかったです。

それから3年間、今のコーチAという会社で学び、2006年に民間の資格試験に合格しました。 コーチングというコミュニケーションを学ぶことで、自分の心を整えることも自分との対話の質をあげることだと教えて頂いたことは、特に貴重な学びでした。 また、学びをアウトプットする場を創造したことで、私が力になりたいのは、心の病の治療が必要な人ではなく、自分がそうしてきたように、悩みながらも一生懸命働いて、走り続けている人たちだという認識も明確になりました。

昨年、10年目にして資格の更新をやめました。 
もう「コーチング」だけでは足りない時代になっています。というか、それを何に使うのかが重要です。私は、組織改革、人材育成、キャリアデザインなどの仕事に活用しています。学びは自分の知識を増やせただけでなく、実践を通して、自分の心を整え、他者の力になる仕事につながりました。

コミュニケーションは「わかっていてもできない」のが課題です。
わかっていると言いつつ、できてない人も多いですね。 私もそうならないよう、毎月アウトプットし、知識を確認し、行動する場として「こころ塾」を続けました。毎月開催して、10年続いたことを、我ながらよく頑張ったと思います。

  


Posted by 内木場三保 at 13:11Comments(0)こころ塾

こころの記憶(その3)怒り

2017年05月08日

こころ塾の講座や研修では、「多様性の受容」を大切に扱っています。
人はひとりひとり違うことを、たくさんの出会いから学びながら生きています。
そして自分もまた、たったひとりの「私」であることを学んでいます。

人は、ひとりひとりそれぞれの
「こころの記憶」でできています。

怒りという感情の受けとめ方
『怒り』

社会人になりたての頃、私が驚いたことの一つは、怒られないということでした。

入社後、配属された事業部は最先端の通信事業で、私は英文科卒のばりばり文系脳なのに、なぜか「技術課」に配属されました。NTTとの事務的なやりとりが主ではありましたが、仕組みや用語の知識もままならぬ状態で、時には通信ルームにこもり、朝までチームでトラブル対応をしました。

当然、トラブル対応では、お客様が電話の向こうで激怒されることもありましたし、ある時は、お客様担当の自社の営業マンが「なんでこんな新人女子が担当しているんだ」とぶちぎれたときもありました。 大事なお客様ですから、その怒りも当然のことだったと思います。

しかし、私の文系脳と正反対の理工系の先輩方は(同僚たちも)、私が知らなかったことや、できなかったことに対して指導する時に、怒りませんでした。本社や支社には怖い女性の先輩もいましたが、多くは怒らないどころか、ユーモア交えて笑ってくれたりもしました。 この状況には、実は心底驚いていました。 指導する時に怒らない人がいるなんて、私が成長してきた過程では考えられないことでした。

その一方で、20代の私は新米の分際でありながら、いつも怒っていました。誰にも責められていないし、しかられていないのに、一人で怒っていました。いつも怒りの感情と共にありました。 

「怒り」は、自分を守るためにある感情なのだそうです。

なにを恐れていたのでしょうか。何から自分を守りたかったのでしょう。
それを考えると、トラブル対応の際に激怒したお客様や、営業マンの恐れもわかるような気がします。自分の立場とか、信頼の崩壊とか、業務の停滞、損害への責任とか、、、。クレーマーの怒りも同じでしょう。自分の価値観や信念をないがしろにされたくない。

怒らなくていいんだ。と納得したときに、とても楽になったように思います。

それでも腹が立つことはあります。

そんな時は、自問自答します。
何が恐れなのか、恐れでないなら、その怒りは何が起因であるのかを考えます。たいがいどうでも良くなりますが、私の場合、「伝わらないジレンマ」が原因のことが多いです。
私にとって、思いが伝わらない、理解されないというのが「恐れ」なのです。 万人に対して同じ伝え方では伝わらないことをわかっていながら、伝え方がわからない時は怒るようです。反省します。



  


Posted by 内木場三保 at 12:41Comments(0)こころ塾

こころの記憶(その2)同級生A

2017年04月27日

こころ塾の講座や研修では、「多様性の受容」を大切に扱っています。
人はひとりひとり違うことを、たくさんの出会いから学びながら生きています。
そして自分もまた、たったひとりの「私」であることを学んでいます。

人は、ひとりひとりそれぞれの
「こころの記憶」でできています。

失うことから学ぶもの
『同級生A』

高校に入学してすぐ、副委員長に任命されました。
当時、委員長は男子、副委員長は女子と決まっていて、入学式の日に先生が指名しました。

その時、副委員長の役割として、
「もうひとつ あなたをみこんでお願いしたいことがある」と担任の先生に言われました。

それは、同級生のAさんについて、なにかと気にかけてほしいということでした。彼女は、精神が不安定になることがあり、おそらく他の同級生と仲良くすることができないから、あなたが気にかけてくれて、声をかけたりしてほしいと言われました。「わかりました」と答えました。

彼女は別段、他の同級生と比較しても変わったところもなく、地味な雰囲気ではありましたが身なりもきちんと整え、おとなしく真面目そうに見えました。ただ、話しかけても少ない返答だけで、気弱に視線を外すので、会話になりませんでした。それでも、先生の言いつけを守って、いつも気にかけ、事あるごとに声をかけたり、教室の移動の際などは一緒にいたりしました。

そうこうしているうち、最初の試験がありました。成績は、ランキングの一覧になって、廊下にずらりと張り出されました。どきどきしながらそれを友人たちと見に行きましたが、なんとトップは同級生のAさんでした。衝撃的でした。それからも、彼女は常にトップでした。

何故、彼女を気にかけなければならないのか。自分より成績の良い彼女に対するくやしさなのか、どう気遣えばよいのかわからずにいたいらだちなのか、私はどう彼女に向き合えばよいのかわからなくなりました。進級しても同じクラスで、高校二年生の後半になるとAさんは時々、授業中に後方を振り向いたり、くすくす笑うようになりました。私は動揺しました。それから間もなく、彼女は入院しました。

年末、お見舞いに行った担任の先生は、クラスの全員に、Aさんの状態がだいぶ回復したこと、将来の夢を穏やかな笑顔で話してくれたことなどを報告してくださいました。それから、彼女からの伝言があると言って、クラスでも少し目立つ茶髪で、制服もロングスカートにしたり、鞄をぺしゃんこにしていた女子たちの名前を読み上げました。 「Aさんが君たちに感謝しているって。ありがとうと伝えてくれってことでした」と言いました。彼女たちはけらけらと明るく笑って「え~びっくり!」と驚いていましたが、私もすごく驚いていました。 なぜなら、彼女たちはAさんに対し、言いたいことをはっきり言い、時には叱り飛ばし、どんくさいと笑い飛ばしていた自由な人たちでしたから、私は内心「もっと気をつかえばいいのに」と思っていたからです。そして、ずっと気をつかっていた私の事は、どう思っていたのかと哀しくなりました。

年が明けて、退院の日、彼女は病院の窓から飛び降りました。

通夜に行くと、彼女の実家は小さくて、辻の梅の大木が満開でした。白い白い梅の花を見上げながら、彼女のお弁当がいつも白いご飯だけだったことを思い出しました。幼い弟たちが客用の湯飲みを洗っていました。私は彼女になぜか「ごめんなさい」と言って泣きました。

春休み、同級生たちとバイクを連ねて彼女の墓参りに行きました。遠くに海が見える山の中腹にありました。彼女との縁はなんだったのか、彼女の17年間はどうだったのか、彼女が存在していた意味はなんだったのか、みんなで話しました。思い出すと、みんな明るい表情で、笑っていたように思います。「やっと自由になったんかもしれん」と、誰かが言ったのか、私が思ったのか、もうはるか昔話ではありますが、今も忘れないのは、大事なこころの記憶だからなのだと思います。
  


Posted by 内木場三保 at 11:22Comments(0)こころ塾

こころの筋トレ「境界線」

2017年04月26日


『きらいな人はきらいでいい』

私はその人がとてもきらいでした。
対話することも、一緒の場にいることすら苦手でした。
私はその人のことをいろいろと分析し、何が良くないのか、何をわかっていないのか周りを納得させようとしたり、そのうち、私が悪いのかもしれないと思うようになり、そして時間がたつと、やっぱり許せないと思いはじめ、許せない自分が悲しくなり、しまいには出会った運命をも呪うほどになりました。そんなぐるぐる思考が続けているうち、ついには胃潰瘍になりました。

そんなある日、研修で、
「あなたはどんな人が好きですか?」という質問をされました。

はじめはなかなか素直な言葉になりませんでした。
要するに「なになにしない人」とか、「なになにでない人」といったような、「嫌いな人ではない人」表現になっていました。
面白いですね。

そのうち、言葉は素直になって、

やさしいひと、うつくしいひと、
おだやかで知的なひと、
礼節を知り、上品なひと、
学びつづけているひと、
じぶんできめた人生をのびやかに生きているひと・・・という表現になりました。

きらいな人で一杯だった心が、これらの言葉で満たされた時、きらいな人は境界線の向こう側に行ってしまいました。

かぎりある人生、
こころを嫌いな人につかうより、好きな人やあこがれで一杯にしたい。
こころが傷つくことから守るのは、自分の意思が一番の武器です。

境界線を引いて、自分を傷つける人から意識的に自分を守りましょう。場合によっては、言葉で別れを告げましょう。そして、たくさんの好きやしあわせで心が満ちるよう、境界線をどんどん広げていくことを意識しましょう。境界線の向こう側が、どんどん遠ざかりますように。













  


Posted by 内木場三保 at 12:43Comments(0)こころ塾

こころの記憶(その1) 孤児院

2017年04月26日

こころ塾の講座や研修では、「多様性の受容」を大切に扱っています。
人はひとりひとり違うことを、たくさんの出会いから学びながら生きています。
そして自分もまた、たったひとりの「私」であることを学んでいます。

人は、ひとりひとりそれぞれの
「こころの記憶」でできています。

ボランティアの体験から。
『孤児院(児童養護施設)』

私は大学の4年間、児童養護施設のボランティアを続けました。
小学校一年生のA君の担当になりました。
施設では、「Aのねえさん」と呼ばれていました。

施設には、生まれたばかりの赤ちゃんから中学生までが生活していました。
ボランティアをはじめた頃は、子どもたちにやさしくしなくてはという勘違いから、いろいろ事件を引き起こしました。幼児部屋をのぞいた時は、一人の子に「おんぶして」と言われ、おんぶしたばかりに、おんぶ待ちの行列をつくってしまい、遂には手がつけられないほどの号泣の嵐を呼んでしまいました。 また、熱心に宿題をしている小学生の女の子を見かけたので、よかれと思って手伝ってあげたことから、彼女が複数の仲間に嫉妬による暴力を受ける事態を引き起こし、動揺して、どうしてよいのかわからなくなったこともありました。 

子供たちが求める愛情を、私一人で満たすことはできないというあたりまえのことがわかりました。
私は「みんなのねえさん」ではなく、「A君のねえさん」として子どもたちと接しました。「A君が帰ってくるまでの間」とか、「A君と一緒なら」と言うと、みんなとても素直に言うことをきいてくれました。

A君とは宿題をしたり、同じ部屋の仲間も一緒にゲームをしたり、いろんなことを話したりしました。小学校に忘れた文房具を一緒に取りに行ったりもしました。その時は、道を渡る時に「急げ」と言って私の手をひき、チラシ配りの人が近づくと、我が身をもって遮ってくれました。一緒に1年生、2年生、3年生、4年生になりました。

A君が一度、お父さんに会った話をしたことがあります。
おばあちゃんが大阪の駅まで連れて行ってくれて、あとは一人で歩いて会いに行ったそうです。おそらく当時は幼稚園児であったはずです。大阪の街を歩いて会いに行ったと聞いて、「よく迷わずにたどり着いたね」と言うと、「匂いでわかった」と言いました。 「また会えるといいね」と言ったら、「わからん」ときっぱり言い放ち、そのあと、「いつか大阪ではたらく」と言いました。

大学卒業を前に、もうすぐ卒業だから来られなくなると話したら、A君は「わかっとる」と言いました。すると、周りにいた子供たちが口々に、「僕らのねえさんたちは来なくなったけど、ずっと来てくれたのはAのねえさんだけだった。」「ブルーシールもたくさんもってきてくれた。」「Aのねえさんは毎月来た。」と言うと、A君がほこらしげに私を見てにっこりしました。 ボランティア最後の日の帰り道は泣けました。 私は、A君のねえさんを卒業しました。

A君の「こころの記憶」はきっと、家族とか働くということ、大人とか仲間といったことの価値観につながっていることでしょう。
そして私もまた、この「こころの記憶」を抱いて生きています。

「こころの記憶」は思い出し、再び整理して、大切にまたリセットする習慣が大切です。かつて出会った人々や「私」の また違う心の風景が見えてきます。


  


Posted by 内木場三保 at 10:31Comments(0)こころ塾

コーチの資格を取得されたい方へ

2016年12月07日

組織コミュニケーショントレーナーのうちこばです。

コーチの資格について、取得する方法をよく尋ねられます。
私は2003年から3年間、当時コーチ21という名前の会社でコーチングを学び、2006年に生涯学習開発財団が認定するコーチの資格を取得しました。10年保持して、今年継続をやめました。
理由は、私にとってコーチの資格は明瞭な境界がなく、なおかつ、個人的に資格ビジネスの一端を担うことに興味がないからです。

世の中にはたくさんの「資格」があります。
「コーチ」の資格は国家資格ではありません。「キャリアカウンセラー」は最近、国家資格になりましたね。
要するに「コーチの資格を持っているからできる仕事」という仕事はないと思っていただいた方が良いと思います。

資格には二つあると、中原淳先生がブログに書いておられます。ご参考までにお読みいただけると幸いです。

しかし、「コーチング」はこれからも、個人にとっても、組織コミュニケーションにとっても、ますます活用されると思います。
ここ10年で、コーチングの認知度は上がり、単純にコーチングスキルを教える研修よりは、コーチングをどう活用するか、またその活用についてさまざまな人、組織に合わせた活用法をどれだけ提供できるかが肝になります。

また、コーチングは心理学とか、ストレングスとか、脳科学とか、いろんな要素が付加されて、ますます進化しています。日本の組織に適応する形の使い方も求められてきていますし、そういった活用事例も増えています。

コーチングを勉強するのは楽しいです。
まずは、ご自分のために学習されることをおすすめします。
いろんなコーチや講師に出会ってください。「コーチングとはなにか」が見えてくる、一番てっとりばやい学習方法です。



  


Posted by 内木場三保 at 12:55Comments(0)こころ塾