こころの記憶(その1) 孤児院

2017年04月26日

こころ塾の講座や研修では、「多様性の受容」を大切に扱っています。
人はひとりひとり違うことを、たくさんの出会いから学びながら生きています。
そして自分もまた、たったひとりの「私」であることを学んでいます。

人は、ひとりひとりそれぞれの
「こころの記憶」でできています。

ボランティアの体験から。
『孤児院(児童養護施設)』

私は大学の4年間、児童養護施設のボランティアを続けました。
小学校一年生のA君の担当になりました。
施設では、「Aのねえさん」と呼ばれていました。

施設には、生まれたばかりの赤ちゃんから中学生までが生活していました。
ボランティアをはじめた頃は、子どもたちにやさしくしなくてはという勘違いから、いろいろ事件を引き起こしました。幼児部屋をのぞいた時は、一人の子に「おんぶして」と言われ、おんぶしたばかりに、おんぶ待ちの行列をつくってしまい、遂には手がつけられないほどの号泣の嵐を呼んでしまいました。 また、熱心に宿題をしている小学生の女の子を見かけたので、よかれと思って手伝ってあげたことから、彼女が複数の仲間に嫉妬による暴力を受ける事態を引き起こし、動揺して、どうしてよいのかわからなくなったこともありました。 

子供たちが求める愛情を、私一人で満たすことはできないというあたりまえのことがわかりました。
私は「みんなのねえさん」ではなく、「A君のねえさん」として子どもたちと接しました。「A君が帰ってくるまでの間」とか、「A君と一緒なら」と言うと、みんなとても素直に言うことをきいてくれました。

A君とは宿題をしたり、同じ部屋の仲間も一緒にゲームをしたり、いろんなことを話したりしました。小学校に忘れた文房具を一緒に取りに行ったりもしました。その時は、道を渡る時に「急げ」と言って私の手をひき、チラシ配りの人が近づくと、我が身をもって遮ってくれました。一緒に1年生、2年生、3年生、4年生になりました。

A君が一度、お父さんに会った話をしたことがあります。
おばあちゃんが大阪の駅まで連れて行ってくれて、あとは一人で歩いて会いに行ったそうです。おそらく当時は幼稚園児であったはずです。大阪の街を歩いて会いに行ったと聞いて、「よく迷わずにたどり着いたね」と言うと、「匂いでわかった」と言いました。 「また会えるといいね」と言ったら、「わからん」ときっぱり言い放ち、そのあと、「いつか大阪ではたらく」と言いました。

大学卒業を前に、もうすぐ卒業だから来られなくなると話したら、A君は「わかっとる」と言いました。すると、周りにいた子供たちが口々に、「僕らのねえさんたちは来なくなったけど、ずっと来てくれたのはAのねえさんだけだった。」「ブルーシールもたくさんもってきてくれた。」「Aのねえさんは毎月来た。」と言うと、A君がほこらしげに私を見てにっこりしました。 ボランティア最後の日の帰り道は泣けました。 私は、A君のねえさんを卒業しました。

A君の「こころの記憶」はきっと、家族とか働くということ、大人とか仲間といったことの価値観につながっていることでしょう。
そして私もまた、この「こころの記憶」を抱いて生きています。

「こころの記憶」は思い出し、再び整理して、大切にまたリセットする習慣が大切です。かつて出会った人々や「私」の また違う心の風景が見えてきます。





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Posted by 内木場三保 at 10:31│Comments(0)こころ塾
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